大地震災害対策にあたっています・・・がんばろう福島

やっとネッとが回復しました。

東北関東大地震が発生し、私は当日から災害対策にあたっています。

11日に地震が発生した時は県庁で仕事中でした。

大きな揺れに控室はめちゃめちゃになりました。

何もはおらず県庁を脱出し、紅葉山公園に避難しました。

雪が降ってきて寒いのと、何度も来る大きな余震に恐怖を感じました。

携帯が不通で、家族の安否も不明でしたが、県の災害対策本部の情報をもとに、党の災害対策本部を立ち上げました。

県庁が壊れたので、県の災害対策本部は自治会館におかれました。

災害対応の県庁職員は自宅に帰らないで任務に就きました。

県内の情報収集と情報の共有がなされました。

非常時は、行政と住民の協力が大切です。

私たち議員も超党派で災害対策にあたります。

12日は、朝6時半から市内各地の避難所に出かけ、要望を聞き、市の災害対策本部に住民の声を届けました。

また、災害対策本部の情報も各避難所に伝え喜ばれました。

避難所は学習センターや学校です。職員も不眠不休で頑張っています。

原発爆発で、双葉町や浪江町などから数百人規模の住民が避難してきており、対応に追われています。

避難所も被災しています。

学習センターの図書室です。

本が散乱していますが、避難者への対応で片付ける時間はありません。

赤ちゃんや高齢者、障害者もいるので、保健師の配置を市に求め具体化されました。

避難所からは、灯油や発電機用のガソリンの要望もだされ、本部に伝え対応しました。

原発の炉心溶融では、大量の放射性物質が漏れ、住民が汚染されていますので、ガイガーカウンター検査と早期のヨウ素剤投与が必要です。

国会議員に連絡をとり、内閣官房にヨウ素剤の手配を要請しました。

枝野官房長官はヨウ素剤の手配を約束してくれました。

紙ともこ参議院議員と、大門みきし参議院議員とともに、県知事に対し、ヨウ素剤配備について伝え避難民への対応を求めました。

原発立地町の住民を受け入れている福島市も断水です。

給水車に長い列ができ、2~5時間も待たなければなりません。

でも、苦情を言う人はありません。

みんなが大変なのだから、お互いに助け合おうという気風が高まっています。

行政に連携し、災害支援ボランティアセンターを立ち上げることとしました。

未曾有の災害です。

みんなの知恵と勇気でこの災害を乗り切るためには、民間と行政の連携・共同行動が大切です。

みなさん、頑張りましょう。


投稿者:

s-fujikawa

1957年 岡山県生まれ 1976年 高梁高等学校卒業 1978年 成安女子短期大学卒業  同年   結婚し福島市に移住  同年   新日本福島県本部勤務 1989年 福島県労働組合総連合勤務 1999年 福島市議会議員(2期) 2007年 福島県議会議員(1期) 2011年 日本共産党福島県委員会勤務       地方議員相談員       趣味・クラシックギター

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